カテゴリ:日本の技術や伝統文化( 69 )

【祝】奉祝 天長節

2012年12月23日

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平成24年天皇陛下お誕生日に際してのご近影
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平成24年天皇陛下お誕生日に際してのご近況(ビデオ)
http://www.kunaicho.go.jp/activity/gokinkyo/01/h24-1223-mov.html


天皇陛下 ご会見において、沖縄訪問のご感想です。
<沖縄訪問の感想をお聞かせください>

8年ぶりに沖縄県を訪問したわけですけれども、今度行きました所は 今までに行ったことのない所が含まれています。沖縄科学技術大学院大学ですね、(以前に)恩納村には行きましたけれどもそこは行きませんでしたし、万座毛 も初めてでした。

それから久米島がやはり初めての所です。戦没者墓苑は、これは毎回お参りすることにしています。そのようなわけで毎回お参りしている所と 新しい所があって、沖縄に対する理解がさらに深まったように思っています。万座毛という所は歴史的にも琉歌で歌われたりしていまして、そこを訪問できたこ とは印象に残ることでした。
殊に恩納岳もよく見えましたね。久米島の深層水研究所も久米島としては水産上、重要な所ではないかと思っています。多くの沖縄 の人々に迎えられたことも心に残ることでした。

沖縄はいろいろな問題で苦労が多いことと察しています。その苦労があるだけに日本全体の人 が、皆で沖縄の人々の苦労をしている面を考えていくということが大事ではないかと思っています。地上戦であれだけ大勢の人々が亡くなったことは、ほかの地域ではないわけです。そのことなどもだんだん時がたつと忘れられていくということが心配されます。

やはり、これまでの戦争で沖縄の人々の被った災難というものは、日本人全体で分かち合うということが大切ではないかと思っています。

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奉祝 天長節 


天皇陛下は23日、79歳のお誕生日をお迎えになりました。

陛下の御誕生日を心より御祝い申し上げ、皇室の弥栄を御祈念致します。

来年は少しでも、ご公務によるご負担が軽減される事を、国民はみな願っております。

平成二十四年十二月二十三日

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(写真を一枚差し替えました。)

両陛下 めんそーれ  すめらみこといやさか

今年は沖縄復帰40周年の記念すべき年でもありました。
思い出深いのは、沖縄の各地で両陛下を大歓迎する沖縄県民の喜びの姿です。
両陛下をお迎えした沖縄の皆さんの喜びは ”言葉では形容できない” と伝え聞いています。


「第32回全国豊かな海づくり大会」に参加なさるため、ご到着あそばされた那覇空港にて:2012年11月17日
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「全国豊かな海づくり大会」で、魚を放流あそばされる天皇、皇后両陛下
我々本土からも応援していますよ。沖縄の皆さんの本当の気持ちを知るきっかけになった、素晴らしい行事でした。
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by mamimami77772 | 2012-12-23 15:57 | 日本の技術や伝統文化

【皇居】皇居ライトアップへ 宮内庁、年末年始に

2012年12月20日


年末年始に「皇居」がライトアップされる事が決まりました。
報告を受けた天皇、皇后両陛下は「喜んでいただけるならうれしい」と話されておいでになるといいます。
両陛下にお礼を申し上げます。



正門石橋のライトアップです。
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「第32回全国豊かな海づくり大会」に参加なさるため、ご到着あそばされた那覇空港にて:2012年11月17日
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昨年夏以来の節電通達はいつの間にか忘れられて、確か昨年夏は「エアコンを切って」とか節電を守らない企業には「罰則として料金加算」されたために、倒産に追い込まれた中小企業もあったと報道されました。節電通達はその後すっかり忘れられていましたが、あの通達はいつ解除になったか、或いはまだ継続中かも知らされずに今に至っています。

本当に必要かどうかもはっきりしないまま、強制的に節電通達される事など、先進国日本では今まであり得ないことです。あの頃の日本は、全く中国と同じでした。
体育館や仮設住宅で生活する東日本大震災の被災者は、節電意識の高まりで扇風機だけで過ごす方も多かったそうです。その扇風機も品切れ状態で、どれ程過酷な環境だったことでしょう。
被災地復興も本格的に始まりますね!本当にうれしい。


来年の日本再生、景気復活を祈って、大いにライトアップしましょう!
美しい国、日本を照らすライトアップは、元気のない国民を明るくします。


節電!節電!で国が暗くなり、心まで暗くなった日本人は、ライトアップされた皇居やスカイツリーを眺めて、“なんてきれいなんだろう”と感動し ”明日も頑張ろう”と元気になるはずです。


★今年完成した「スカイツリー」のライトアップ。震度5強の大地震でもびくともしない、日本の建設技術の高さを世界に証明しました。
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地震が無くても、中国のマンションは勝手に倒壊します。
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永代橋からスカイツリーを眺めます。TVドラマやCMに登場する景色です。
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★新しくなった「東京駅・丸の内駅舎」もライトアップで賑わいました。

●東京駅赤レンガ駅舎を報道公開 創業時の風格ある姿に2012.9.24 11:20
http://sankei.jp.msn.com/life/news/120924/trd12092411210009-n1.htm

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六本木ヒルズのイルミネーションと、正面に東京タワーです。
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東京タワーもスカイツリーに負けない美しさです。
高速道路から見る夜の東京タワーの輝きは、「日本の象徴」だと思います。
ビルの谷間から堂々とそびえ立ち、輝き続ける東京タワーは、見るたびに感動を与えてくれます。

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香港では2002年から「サーズ」の流行と共に、世界中からの観光客がすっかり途絶えた時期がありました。 そこで何とか観光客を呼び戻そうと考えたのが「シンフォニ・オブ・ライツ」です。
ビクトリアベイを挟んで香港島、九竜島両サイドからサーチライトで照らされる、毎日8時から10分間ほどの光の競演は、今や香港の夜景観賞の目玉となっています。

1997年の香港返還を記念して初めたイベント、という解説もありますが、サーズ流行が2002年、翌年2003年からスタートしたイベントであることを考えると、香港のガイドさんが説明してくれた「サーズで離れた観光客を呼び戻すため」が本当の理由だろうと思います。
スタート当初は小規模なイベントでしたが、規模も参加ビルも増えて、今では香港観光の人気コースとなっています。

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●「シンフォニー・オブ・ライツ」のウエブ・サイトもご覧ください。

http://www.tourism.gov.hk/symphony/english/participating/participating_hk.html

※画像はインターネット・サイトからお借りしました。
とても綺麗な写真ばかりです。自分では夜景を撮るのは苦手なのでお借りしました。

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●皇居ライトアップへ 宮内庁、年末年始に
産経新聞 12月17日(月)16時24分配信

宮内庁は17日、年末年始に皇居正門(二重橋)などで試行的にライトアップを行うと発表した。
皇居周辺で光を使った各種イベントが行われているのを受けたもので、報告を受けた天皇、皇后両陛下は「喜んでいただけるならうれしい」と話されているという。

期間は天皇誕生日の23日から来年1月6日まで。連日午後5時から10時まで、既存の照明設備を使い、正門の石橋やその欄干、正門に近い伏見櫓などを照らす。皇居内には入れない。

皇居のライトアップは、国賓を招いた宮中晩餐(ばんさん)会のときなどに一部の場所で行われているが、正門の石橋では初の実施となる。
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by mamimami77772 | 2012-12-20 13:30 | 日本の技術や伝統文化

【ノーベル賞】ノーベル賞晩餐会に日本酒と新潟県・燕市の洋食器

2012年12月13日
(ちょっと遅くなりましたが、ノーベル賞授賞式の話題です。)


「素晴らしい式でした」  山中教授ノーベル賞を受賞


テレビ朝日ニュース (12/11 05:50)
http://www.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/221210058.html


山中さんを支えてきた妻の知佳さん。授賞式に山中さんは、ホワイトタイとえんび服で臨席。知佳さんは、淡いピンク色の、オシドリなどをあしらった柄の着物姿で、栄誉の瞬間を見守りました。
過去の日本人受賞者の夫人から、会場が暗いので「明るい色がいいとアドバイスを受けて」着物を選んだとの事です。
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ストックホルムのコンサートホールで開かれたノーベル賞授賞式=10日午後:スウェーデンスタイル・コムから
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山中伸弥・京都大教授のえんび服を整える妻の知佳さん
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ノーベル賞授賞式の晩さん会で、スウェーデンのマデレーン王女(左)と同席する山中教授。 照れくさそうですね。
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ノーベル賞授賞式の晩餐会で、新潟県・燕市の洋食器が使われているのは有名ですが、今回は日本酒も話題となっています。
神戸市東灘区の神戸酒心館(しゅしんかん)が造る清酒「福寿(ふくじゅ) 純米吟醸」が振る舞われ、日本で話題となっています。
益川敏英氏らが受賞した2008年の晩餐(ばんさん)会で、スウェーデンの取引先が主催側に薦めてくれたのがきっかけで、日本人が受賞した際の定番になったそうです。

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●「福寿(ふくじゅ) 純米吟醸」
宝暦元年(1751年)に現在の地、灘・御影郷(みかげごう)において清酒の醸造を始めました。兵庫県で育まれた最良の原料米と名水百選「宮水」を用い、まさに我が子を育てるが如く、細心の注意を払いながら、手造りによる丁寧な酒造りを行っています。
酒心館”は和風レストランも経営していてここの蕎麦を福寿で楽しむことが出来ます。
また併設のショップでは自社の日本酒の全ラインナップや酒粕、全国の旨い特産食品(酒の肴)が販売されていて、利き酒バーもあります。

株式会社 神戸酒心館 HP
http://www.japan1000.com/kura/?ck=270104

NAVERまとめから一部転載
http://matome.naver.jp/odai/2135519200750648901


●ノーベル賞晩餐会を彩る燕の高級洋食器を製造するのは「山崎金属工業株式会社」。
http://www.yamacoltd.jp/

匠の技のご紹介サイト
●社団法人・全国技能士連合会
http://www.takuminowaza.net/
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地元のスーパーで時々「燕市製品」のイベントが開かれますが、使いやすさ、品質の良さ、中国・韓国製品のように簡単に壊れてしまう事もなく、丈夫で長く使える信頼される製品として人気があります。
私は新潟県「日本洋食器株式会社」のMartian/PATORAという名前の製品を戴いたことがあり、何年も飽きることなく愛用しています。

製造者はお客さんが飛びつく事ばかりを目的にすると、物作りの真髄から目が逸れて本物が生まれなくなるものです。狙っていると当たらない。日本の匠の技は、自分の求めるものをこだわりをもって追求した結果、世の中に認められ、称賛されるのだと思います。


物作りにはプライドとこだわりが必要です。これは政治家や作家、ジャーナリストなど、きっと全ての職業に同じことが言えるでしょう。 

山中教授が尊敬されるのは、その立派な功績だけでなくお人柄も大いに影響しています。 尊敬され愛される人柄です。
あくまで受賞は日本のおかげ、日本と言う国が受賞したと控え目であり、授賞式の燕尾服は2万円のレンタルで、その上「足が短いもんで合うのがなかなかない」とユーモアも忘れない。

山中教授は「日本は科学が国を支える柱。科学は素晴らしい。ぜひ多くの若者たちに科学者となってほしい」と述べ、「今後も若い日本の研究者が再生医療などの未来ある幹細胞研究の分野で次のノーベル賞を受賞する可能性は十分にある。」と強調しました。
ーーーこの様に後に続く科学者に、夢と希望とやる気を与える激励の言葉も忘れません。


No!と言えない日本は、一部の国からやりたい放題され、領土さえも実行支配された状態となっていますが、やはり日本人同士は謙遜、心配り、思いやり、控え目、などの日本人の精神に共感するのだと思いました。 
時代が変わっても、日本人の精神が変わることは無さそうです。

もちろん、国と国との外交で必要な時には「NO!と言える日本」になってもらいたいですね。
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by mamimami77772 | 2012-12-13 11:11 | 日本の技術や伝統文化

【奈良・京都】日本の農業を引き継ぐ若者たち

2012年12月2日

奈良、京都の旅では、宿泊は奈良駅近くでした。

旧JR奈良駅舎
昭和9年(1934) 設計:増田誠一、柴田四郎
高架化工事のため曳き家されて保存が決まった駅舎である。寺院風の瓦葺の屋根に、五重塔の相輪が付いている。一般人が持つ奈良のイメージを記号として取り込んでいるのである。
奈良=寺のイメージを大切にしている。



JR奈良駅と奈良らしさが表現された駅舎です。
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奈良駅前では毎月末の日曜日に、「奈良オーガニックマーケット」が催されて、駅前は自家製無農薬野菜お米も販売され、とても賑わっています。

懐かしい稲穂の掛け干しがあり、掛け干し台は木で組んであります。信州の田舎で育った私は思わず写真を撮りました。
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お米は少量から量り売りで、天日干しの説明もあります。
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自然発酵の紅茶や番茶も手作りです。
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取れたて野菜は色も濃く、見るから美味しそう!
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若いご夫婦が日本の農業の良さを伝えるために、美味しくて安全な食品作りを頑張っています。

奥さんが赤ちゃんをおんぶして、とてもほほえましいですね。 このご夫婦は今回初出店で、とても楽しそうに商品を並べていました。美味しそうな手作り豆腐や油揚げなどの大豆製品が並んでいます。
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奈良市近郊で農業を営んでいる若い人たちが多くて、頼もしく思います。
バブルを経験した世代は、手がるで便利な生活に慣れ切ってしまいましたが、ファミレスやコンビニ弁当には、安い中国素材を使ったものが多く、その危険性が指摘されています。

全て国産食材を使って手作り、と言うのは無理かもしれませんが、せめてお米野菜は産地を確認して国産を使った方が良いでしょうね。


日本を担う次世代の若いご夫婦が、日本の農業を引き継ぎ地道な努力をしている姿を拝見して、彼らに感謝するとともに、安さに釣られて中国産に手を伸ばしたりしない事は、日本の農業を応援し、なおかつ自分の健康のためでもあると思いました。
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by mamimami77772 | 2012-12-02 13:45 | 日本の技術や伝統文化

【奈良・京都】世界一の紅葉 (一日目)

2012年11月29日


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奈良、京都の話題や写真が前後しますが、出発日の23日は「勤労感謝の日」です。京都駅の駅長室前には、ご覧のように国旗が掲揚されていました。

先日の、「日米国旗のピンバッジを襟元に刺している米国人教師2人」にお会いしたのは、この日京都駅から東寺駅までの電車内での事です。
今回の旅行は、偶然とは思えない出会いが多くて、思い出深いものとなりました。 英会話教師2人と分かれてから、”ああ言えば良かった”とか、みんなが反省ばかりです。


一日目はお天気も悪くて写真が今一つです。この日は東京から午前中に京都に到着。まず向かったのは「東寺」です。この交差点を右折して慶賀門から入ります。
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参拝前に、いつも寄る佃煮屋さん「あめ久」にて店のご夫婦としばし話し、写真を撮らせて戴きました。
あめ久HP: http://www7b.biglobe.ne.jp/~amekyu/
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気さくなご夫婦で、今はお子さんと暮らしていらっしゃる先代の女将さんの話を、懐かしそうに話して下さいました。店内には、ご主人の趣味で集めた古い量りがたくさん展示されています。

京都旅行に来る外国人観光客も、わざわざこの量りを見に来ることがあるそうですよ。
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写真を撮らせて戴いたお礼に「東京ばなな」をお渡しして、佃煮を買ってお別れしました。地元の観光案内、読売新聞にも「あめ久」が紹介されたことがあります。

東寺の左手に「交番」らしくない「交番」がひっそりとあります。京都らしくていい感じです。
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慶賀門から入ると左手の池に、他の仲間から離れて一匹だけ黄色の鯉が悠々と泳いでいましたが、何となく金色に輝いて見えます。美しい紅葉の陰から見えるのは「食堂
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どこに行っても中国人と韓国人の団体が多くて賑やかです。中韓を避けてまず、特別公開・東寺五重塔に向かいます。
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今年の紅葉は、100年に一度の美しさと言われています。
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入口から「食堂・じきどう」「講堂」「金堂」そして「五重塔」と並びますが、「五重塔」からの逆回りとしました。東寺の「講堂」には立体曼陀羅と呼ばれる大日如来像を中心に、五智如来をはじめとして五菩薩、五大名王、四天王、梵天、帝釈天の二十一体の仏像が安置されています。
弘法大師の密教の教えを表現する「立体曼陀羅」の世界です。

講堂から五重塔を仰ぎ見て。
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ここではタイからの観光客とも出会いましたが、寒い気候に慣れていないせいで気の毒です。
サワディーカー”と、一つしか知らないタイ語で挨拶して、写真撮影を頼まれたのですが、親日のタイ人はすごく好きなので若く綺麗に撮って差し上げました。


「身は高野(たかの)、心は東寺に納めおく」という御詠歌(ごえいか)があります。 弘法大師空海は、高野山奥の院にご入定(にゅうじょう)になりましたが、心は東寺にある、と、うたっていらっしゃいます。。
四国八十八ヶ所巡礼は東寺で出発のご挨拶をして、奥の院で巡礼終了のお礼をする、と伝えられていますが、その巡礼出発のご挨拶をする東寺御影堂は、この門をくぐった所にあります。
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●巡礼出発のご挨拶は、東寺御影堂(みえいどう)で。
「東寺HP」:http://www.toji.or.jp/noukyousho.shtml

●御朱印受付は、食堂内にあります。画像は食堂正面
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by mamimami77772 | 2012-11-29 22:17 | 日本の技術や伝統文化

【奈良・京都】アメリカ人教師との出会い

2012年11月28日

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奈良には「東大寺」「唐招提寺」「長谷寺」など有名な神社仏閣が多数ありますが、今回は「興福寺」に行くことになりました。

阿修羅像でも有名な法相宗大本山 興福寺では、25日まで「仮金堂」が特別公開となっていました。  http://www.kohfukuji.com/
 市バスで奈良駅から奈良県庁前(興福寺前)まで行きます。

●奈良県庁舎
昭和40年(1965) 設計:片山光生
香川県庁舎に端を発する伝統様式を加味した庁舎の流れを汲む作品である。奈良という土地柄を反映しているのか、建物の全体計画は寺院の伽藍配置そのものであり、ピロティの美しさは他に類を見ない完成度の高さであった。
奈良公園の正面にあるが、浮いている感じが全くしない。奈良の歴史的空間に見事に溶け込んでいる。

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大宮通りから参道を歩いて「仮金堂」に向かいます。
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次に拝観した「国宝館」は元々、僧侶が集団で食事をしていた「食堂・じきどう」があった場所です。地下には旧食堂の奈良時代以降の遺構がそのままの形で保存されています。

ここには千手観音菩薩像を中心に、興福寺の歴史を伝える絵画、仏像や書籍が保存されていますが、中でも一時歴女の間で騒がれた「阿修羅像」は天平彫刻の傑作として注目を集めています。
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「国宝館」を一時間以上かけて拝観し、隣の「東金堂・とうこんどう」に移動します。
「東金堂」の前には、立派な石灯籠があるのですが、この台座にイタリアのマフィアが掛ける様な黒いサングラスをした中国人の子供5~6人が腰かけ、その中の3歳くらいの男の子が、台に登ったり足で蹴ったりしているのです。
私がすかさず”止めなさい”と厳しく注意すると、その子は”どうして?”と英語で聞き返すのです。
わずか3~4歳で英語を話すとは驚きましたが、友人によれば在米中国人ではないかとの事です。


そこで”ここは立派な仏様がおいでになるお寺で、お前達キッズの腰かけている場所も仏様が宿っているのです。”と下手な英語で厳しく教えたところ、「Temple」寺、という言葉に素早く反応し、他のキッズ達に”ここはお寺だから座っちゃだめなんだって。”という感じで親の元へと慌てて逃げて行きました。

中国人の集団がどこに居てもすぐに分かるのは、声が大きい事と、声は笑っても顔が笑顔にならない特徴があるからです。この写真には映っていませんが、下の東金堂の前に立派な石灯籠があります。

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最近色々なことがあって、私もずいぶん強くなったものだと自分ながら驚いています。今までならば、見て見ぬ振りをしていたでしょうが、子供相手であっても注意するのは勇気が必要です。


うれしい出会いもありました。
京都駅から東寺までの電車一駅でしたが、隣の席にアメリカから来日している英語教師2人に出会いました。
私から話しかけたのですが、彼らが日米国旗のピンバッジを襟元に刺しているのに気付いたからです。このピンバッジをしている外国人にお会いしたのは初めての事です。
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なぜこのバッジをしているのか、と訊ねると米国から英語教育に来ているのだが、仲間の米国人からもらったバッジだと言う事でした。

またとない機会なので、沖縄の米軍とオスプレイ反対意見について聞いたところ「日本人はなかなか日本から出ようとしない。アメリカ人も日本人を理解しようと努力しない。国民性の全く違う2つの国民が、それぞれ自分の意見を主張していれば、衝突するのは当然だ。沖縄の気持ちは十分理解できるが、彼らは誤解しているので、話し合いが必要だ。我々は日本の味方だといつも思っている。」とうれしい話しが聞けました。

東寺駅が近くなり、「東日本大震災」での友達作戦に感謝していること、在沖縄米軍オスプレイに反対しているのは沖縄のごく一部の意見であることを告げて、お互いに頑張ろうと握手して分かれたのですが、この短い時間は神様が与えて下さったのではないかと思える、偶然の出会いでした。

荘厳な五重塔です。
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南円堂と可愛い実がたくさんついたキンカンの木。南円堂の右手で御朱印を受けました。
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by mamimami77772 | 2012-11-28 02:12 | 日本の技術や伝統文化

【奈良・京都】元日本軍・軍人88歳との出会い

2012年11月27日


平等院」のあと足を延ばして源氏物語ミュージアム、世界遺産(世界文化遺産)宇治上神社宇治神社をお参りしました。こちらは源氏物語ミュージアムの入り口に通じる、趣のある坂道です。
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写真は宇治上神社(菟道稚郎子:うじのわきいらつこ、応神天皇、仁徳天皇を祀る。本殿は日本最古の神社建築。)の鳥居と紅葉です。
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正面の建物が国宝の拝殿となっています。
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●拝殿(国宝、正面)
鎌倉時代前期に宇治離宮を移築したものといわれ、寝殿造の趣きを伝えています。
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奈良では2日目の朝食で、元軍人の88歳になる紳士とテーブルを同席しました。元軍人から戦地のお話を伺う機会などめったにない私達は、初めて耳にすることばかりでした。
このご老人は私達の地元にあるスーパー・マーケット最上階にボーリング場を建築した方です。いまそのボーリング場は取り壊されて新しいビルに建て替えられていますが、そんなことからお話をするきっかけが出来ました。

お礼の気持ちとして、午後から「平等院」までご一緒する事になりました。
高齢でも背筋はピンとして姿勢が良く、平等院の砂利道をヨロヨロ歩く私達を背に、さっそうと先頭を歩くお姿は、”さすが戦争にいらした方だ”と感心するばかりです。 奈良へは、友人のお見舞いのためにいらしたのだそうです。


この紳士から「重営倉(じゅうえいそう)」という名前をお聞きし、その存在を始めて知りました。Wikipediaによる「営倉」の解説で、最も重い懲罰が重営倉です。
●「営倉」とは:Wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%96%B6%E5%80%89


日本軍の規律は大変厳しく、現地の人々に対しての対応も当然礼儀正しかったと言えます。
軍内の器物を破損した場合なども懲罰の対象となりましたが、万が一現地の人に暴行したり、特に女性に対して性犯罪を犯せば「重営倉」、つまり軍の刑務所に入れられ、階級は下げられ、その上「内地」で留守宅を守っている家族にもその不名誉な報告がされると言う事です。
重営倉」は最も厳しい懲罰で、食事は水と麦、塩だけで過ごさなければならなかったのです。

「重営倉」に入ることは死に値する程の恥ずかしさでした。それゆえ自殺する兵士もいたほどの厳しい懲罰であり、だったのだそうです。

またそれとは逆に、戦地で良いことをしたり手柄を立てれば階級が一気に上がり、それも家族に報告されたと言う事です。 兵士の留守宅(自宅)が農業を営んでいる場合には、地元小中学校の生徒たちが代わりに農作業のお手伝いに伺ったりと、様々な恩恵があったそうです。

「皆日本兵に惚れた」、 日本人の精神に惚れたのだそうです
「韓国や中国に帰化する人間はいないが、なぜ皆日本に帰化したがるのかを考えてみれば分かる。 世界から尊敬される日本人に帰化したいからだろう。それは戦時中、日本兵の立派な行いが尊敬されていた頃と少しも変わっていない。」と、この様におっしゃっていました。

ご高齢のため遠い昔を思い出しながら、記憶も幾分曖昧かもしれませんが、目の前でこの様なお話をお聞き出来たことは幸せです。 この話からも、慰安婦連行などあるはずがないと分かります。
戦地でそんなことをしたら、お国に戻ることなど出来ないですよ。」とおっしゃっていました。

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国宝平等院鳳凰堂は屋根葺き替え及び塗装事業が行われ、平成26年3月31日に完成の予定です。
ご住職さまが大変近代的なお考えで、ライトアップも工夫がこらされ、トップページは日本語のほか、英語ハングル中国語に至ってはご丁寧にも「繁体」と「簡体」両方でご紹介されています。
http://www.byodoin.or.jp/index.html


平等院の参道近くには、記念館なっているお茶屋さんの建物が並んでいます。
上林記念館
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こちらが参道の販売店舗です。店員さんの対応が丁寧で、お店のイメージは更に良くなります。
上林春松本店」HP:http://www.shunsho.co.jp/
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宇治橋を正面にして、右が参道入り口です。周りの山々の紅葉が綺麗ですね。宇治橋は「瀬田の唐橋」と「山崎橋」と共に、日本三古橋の一つに数えられています。
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宇治橋は古今和歌集や紫式部の源氏物語に登場する橋で、宇治橋を背景にたたずむ紫式部像
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「うだつ」と言う言葉を御存じでしょうか。ここに来てお茶屋さんの蔵や文化財となっている家屋に「うだつ」が無いが、京都の建物にはないのだろうか、と同行した紳士がみんなに質問し始めて、通りすがりの地元の方にもお尋ねすることになりました。

WikiPedia : 「うだつ」とは: 日本家屋の屋根に取り付けられる小柱、防火壁、装飾。本来は梲と書き、室町以降は卯建・宇立などの字が当てられた
うだつを上げるためにはそれなりの出費が必要だったことから、これが上がっている家は比較的裕福な家に限られていた。これが「生活や地位が向上しない」「状態が今ひとつ良くない」「見栄えがしない」という意味の慣用句「うだつが上がらない」の語源のひとつと考えられている。

今日うだつのある街並みは少なくなっているが、徳島県美馬市の脇町南町や、岐阜県の美濃市などでは、うだつを地域の象徴的な存在としてその保存に努めている。
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京都の古い家屋に「うだつ」は無いこと、岐阜県美濃辺りが有名である事を、地元の皆さまから嫌な顔もせずに丁寧に説明していただき、「やや冷淡」なイメージがあった京都人に、途端に好印象をもつ結果となりました。


現在修復中のため味気ないシートで覆われている「平等院鳳凰堂
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紅葉は素晴らしいです。
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仕事柄、家に引きこもっていることが多いので、違う土地や普段接する事の無い人と出会うことの大切さが見にしみた旅行になりました。世界一の紅葉に感動すると共に、どこに行っても日本人の温かさや優しさに触れて、思い出深い旅行となりました。

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by mamimami77772 | 2012-11-27 13:33 | 日本の技術や伝統文化

【奈良・京都】紅葉を愛でる外国人

2012年11月26日


今年の奈良、京都の紅葉は、100年に一度の美しさだと言われています。

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若い時は海外旅行をして、ある年齢になったら国内をゆっくり旅行しようと計画していたために、国内では、高野山金剛峯寺東日本大震災の被災者のご冥福をお祈りするための参拝を含めても3回、その他は広島、山口、関西を数回、信州はほぼ全て周りましたが、関東から北は被災地ボランティアで石巻に3回行っただけです。

自分の国を知らない、自分の国の素晴らしさを見ていない、というのが今の実感です。
奈良、京都を選んだ理由は、海外から来日する友人知人を案内するための、準備でもありましたが、わびさび、無常などの仏教的世界観や美的境地をもたないはずの外国人が、なぜ奈良や京都に感動するのかを少し理解出来た旅行でした。


新幹線で隣り合わせた親子は、日本に留学している台湾人女学生とそのお母さん。
「台湾には数回行ったことがあり大好きな国だ」と伝えると、台湾のどこが好きかを聞かれ、「台湾の人」と答えました。
彼女が日本へ留学を決めたのも、私と同じ理由、「日本の人が好き」だからでした。

日本人の配慮さりげない気配り礼を尽くし恩を忘れない心嘘をつかない、人を騙さない正直な国民性などは尊敬に値すると言っていました。
現代の日本では古めかしいと思いがちな日本人の精神が、日台の人には共通していると熱心に話して、日本語を理解しないお母さんは彼女の通訳で「そう、そう」とニコニコしながら頷いていました。


台湾の馬総統は在台中国人(外省人)で、習近平と密接に協力関係を築き、尖閣諸島を含めて日本を追い詰めて行く危険がありますが、先の総統選で「花より実を取った」台湾も、今後は国民の意思とは違う方向に進んでしまう可能性があるのです。
そんなことも含めて話し、彼女は「日本語をしっかり学んで、日台関係を強くするために働きたい」そうです。


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奈良、京都では好麗(houren)という歓声があちこちで聞かれました。綺麗、美しいを意味する広東語で、香港などで話されます。


好麗(houren)な紅葉をバックにご夫婦の写真のシャッターを切り、今年の紅葉は格別であることを説明しました。
香港から観光にいらしたこのご夫妻は、私が住んでいたリパルスベイ・ロード41号の近くに住んでいることから、お互いに話しが盛り上がりましたが、別れ際にその奥様が「中国大陸に行ったことはあるの?」と聞いて来られ、私が「無(mou)」と返すと、ご夫婦は大笑いなさって「私達も大陸には行かないよ。」と言いながら我々は分かれました。

香港でも反日デモがありましたが、「あれは香港人じゃないからね。日本の人にちゃんと伝えてね。」とお願いされまして、「親日的な香港がいきなり反日になるはずが無い」のだそうです。


ご夫婦が大好きなふかひれスープのふかひれは、「気仙沼」産で、世界一の香港グルメは、お米から海産物に至るまで日本の素材で成り立っている、とおっしゃっていました。国内旅行だと言うのに、外国人から日本の事を教えてもらった情けない体験になってしまいました。



香港を旅行した事のある日本人ならば「出前一丁」の人気に驚いたと思いますが、ファストフードで注文した麺がインスタント麺だったことがありました。あれは中華料理で使う生麺より高級品扱いなのだそうですが、「出前一丁」の種類の多さにも驚かされます


「宇治橋」から市内を眺めて
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宇治川の見渡せる喫茶店で休憩です。日本の観光地は京都に限らず、どこも素晴らしいですね
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宇治上神社の参道に面した入り口
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夕日が反射して綺麗です。
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帰りは階段を下りて宇治川に向かいます。京都を感じさせるお店の玄関です。
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★ 修学旅行は京都や対馬などの国内に行きましょう。日本の歴史に触れる思い出深い旅になりますよ。
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by mamimami77772 | 2012-11-26 10:03 | 日本の技術や伝統文化

【沖縄】天皇陛下奉迎 ・久米島島民国旗でお迎えする

2012年11月21日    
 

両陛下 めんそーれ  久米島


すめらみこといやさか

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17日に開幕した「全国豊かな海づくり大会」に出席されるため、天皇皇后両陛下が沖縄を訪問されました。2004年以来、8年ぶりのご訪問です。
両陛下は、17日から20日までの4日間、沖縄に滞在され、18日に糸満市で執り行われる「豊かな海づくり大会」の式典に臨席なさるほか、久米島の沖縄県海洋深層水研究所などを視察されました。

沖縄に御到着された両陛下をお待ちしていたのは、天皇陛下奉迎提灯大パレードと沿道の県民による君が代斉唱です。
「産経新聞」などの全国紙にも、縦横5センチ程の小さな記事が載っていただけで、沖縄県民がこれ程両陛下のお出ましを待ち望み大歓迎していた事を、全く知らずにいました。
オスプレイ反対デモや、米軍兵士の不祥事ばかりがクローズアップされていますが、この歓迎風景こそが沖縄の民意なのだと今、気づくことが出来ました。愕然としました。

沖縄が左翼で洗脳されていたばかりではなく、我々本土の人間左翼マスコミに洗脳され続けた結果、沖縄を誤解し、偏見をもっていたのかもしれないのです。
11月18日の「君が代斉唱」には思わず涙が出ます。
1975年、当時の皇太子殿下が沖縄訪問なさったことに抗議した「ひめゆりの塔事件」が強く印象として残っているからです。
天皇皇后両陛下が沖縄で歓迎される事はないだろうと、諦めの気持ちがありました。

先日沖縄の動画を紹介して下さったHN希望様、この記事と動画を送ってくれた知人に大感謝です。本当にありがとうございました。
沖縄の経済団体は立派です。日本のために働かない経団連は見習ってほしいものです。

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保守速報から転載

「両陛下 ありがとうございます」 久米島島民 5000本の国旗で陛下をお迎えする 
沖縄を訪問中の天皇・皇后両陛下は20日、初めて久米島を訪問し、出迎えた島民に笑顔で応えられた。
8年ぶりに沖縄を訪問されている天皇皇后両陛下。
両陛下は20日、飛行機に乗って、沖縄本島の西に位置する久米島に向かわれた。 空港の前には、多くの島民が両陛下のご到着を待ち、沿道には「いらっしゃいませ」を意味する、「めんそ~れ久米島!」と書かれた横断幕が掲げられていた。

そして、両陛下が到着されると”両陛下、ありがとうございます”と沿道から声が上がった。
両陛下が久米島を訪問されるのは、これが初めてとなる。 両陛下は島民の声に笑顔で応え、車の中からも何度も手を振られていた。

http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00235753.html


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●天皇皇后両陛下 那覇空港から久米島へ(H24/11/20)
http://www.youtube.com/watch?v=tW93yVuPY0g&feature=player_embedded

●天皇皇后両陛下、初めて久米島をご訪問 島民に笑顔で応えられる 
http://www.youtube.com/watch?v=mDbxkRE7i00&feature=player_embedded

TBSニュースの動画
●両陛下、初めて久米島を訪問される
http://www.youtube.com/watch?v=EkVKQih6Qus&feature=player_embedded
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by mamimami77772 | 2012-11-21 22:00 | 日本の技術や伝統文化

優しくて温かい日本建築

2012年10月27日


中央区 佃にある「高瀬商店」です。 

昭和6年築で、「高瀬家住宅」として中央区有形文化財に登録されていますが、数年前に一人で家を守っていらしたご主人が亡くなったので、現在はこの様な保存状態になっています。

※ 2011年3月11日の東日本大震災時、屋根瓦が落ちたりして危険な状態となりまして、その後取り壊しとなったのだそうです。2014年3月にはすでに駐車場として使われていました。寂しくなります。


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ブログ「ぼくの近代建築コレクション」からお借りした下の写真一枚目は(2008年)は、私が月島で働いていた頃お昼休みに店に寄り、高瀬さんと話したり、秘蔵写真を見せていただいたりと、思い出の多い頃のものです。
とても話し好きなご主人で、お祭り好きな東京の下町っ子そのものでした。

職場が変わってから久しぶりにお邪魔したところ、高瀬さんは既に亡くなり、家は上の様に保存されていました。
最近不名誉な疑惑で裁判になっている「章子怡」チャン・ツィイーが高瀬商店で撮影をしたことなど、いつも楽しそうに話して下さった事を、時々思い出しています。
日本家屋が徐々に少なくなって、優しさとか温かさを感じる町並みも減りつつあり、寂しくなります。


●2008(平成20)年10月3日
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●1989(平成1)年12月31日
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平成1年と20年の画像は「ぼくの近代建築コレクション」から転載
http://blog.goo.ne.jp/ryuw-1/e/78cd109331c73b8a40dfda5f6db9d760

立派な出桁造りの高瀬商店は佃大通りの二葉家和菓子店の角を入ったところにある。
タバコ売り場もあるが、店先に箒や束子が出ているように荒物屋だ。

現在、「高瀬家住宅」として中央区有形文化財に登録された。昭和6年築という。

下の最近の写真ではタバコ売り場にポスターなどがなく、自販機も置いてない。平成1年の写真にも自販機はなく、これは珍しい店だ。下の写真には商品は置いてあるようだし、路上に灰皿が置かれているので廃業はしていないと思うがちょっと心配だ。
建物左の白い看板は「孔官堂」のもので「松竹梅・仙年香・蘭月」は線香。
銅板貼りの看板建築は住宅地図で「大星」で、前の佃大通りを右手へ行った次の四つ角にある大星商店(酒店、現在はコンビニ)のものかと思う。

戦前は「榎本乾物」、昭和25年頃では「榎本ゴザS(商店)」。ゴザとはイグサなんかで編んだ敷物のことだろうか? 山下薬舗と左の二葉家とも戦前から続いている店である。


ここまで転載______________________________________
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by mamimami77772 | 2012-10-27 12:48 | 日本の技術や伝統文化