石垣村長だった豊川善佐宛ての感謝状発見について -八重山日報-

2012年11月16日


新たに総書記となった習近平氏は対日強硬派と言われています。尖閣諸島に関しても、以前にもまして強硬な態度を取るのは間違いないでしょう。

野田総理がASEM首脳会議において珍しく頑張って主張した通り、尖閣諸島に領有権の問題など存在しません。存在しているのは中華人民共和国による日本領土の“侵略問題”だけです。


最近良く見かける、尖閣諸島が日本の領土である強力な証拠となる「感謝状」は、現在2枚、八重山博物館に保存されています。ネット上で見かける「感謝状」は玉代勢孫伴氏のご長男が、石垣市に寄贈したものです。

ところが2010年には、当時石垣村長だった豊川善佐氏に贈られた感謝状が石垣市内で見つかっています。今回発見された感謝状は保存状態が良く、村長あてという点でもより価値があるといわれています。


新たに発見された「豊川善佐氏」宛ての感謝状
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後に助役となった「玉代勢孫伴氏」に贈られた感謝状:掛け軸となっています。
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文字おこししてみました。

感謝状

中華民国八年冬 福建省恵安懸漁民郭合順等三十一人遭風遇難飄泊至 日本帝國沖縄懸八重山郡尖閣列島内和洋島承

日本帝國八重山郡石垣村 雇玉代勢孫伴君熱心救護使得 生還故國洵属救災恤隣當仁不譲深堪感佩特贈斯状以表謝忱

中華民国駐長崎領事馮冕
中華民国九年五月二十日


感謝状の内容:
中華民国八年(大正八年)の冬、中国の福建省恵安県(現、泉州付近)の漁民、郭合順氏ら三十一人が遭難して、日本帝国沖縄県八重山郡の尖閣列島(現、尖閣諸島)にある和洋島(現、魚釣島)に漂着した。

日本帝国八重山郡石垣村の玉代勢孫伴氏が手厚く救護し、皆元気に生還して祖国に帰ることができた。

こうした救助と手厚い看護に感謝を示して、ここに感謝状を贈る                          

中華民国駐長崎領事 馮冕(ひょうめん) 中華民国九年五月二十日 

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●「感謝状」について詳しく解説している八重山日報の記事がありますので、下に添付しました

文化財指定 一部に異論も 「領有権証明」の感謝状 尖閣
2012年9月28日

中国が尖閣諸島(石垣市登野城)の領有権主張をエスカレートさせる中、中国が1920年に、尖閣諸島を日本領と認めていたことを証明する2通の「感謝状」の存在が改めてクローズアップされている。
感謝状は今年1月、市の文化財に指定された。

石垣市教育長の玉津博克教育長は27日、八重山日報社の取材に対し、文化財指定の経緯を振り返り、一部には異論があったことも明かした。
玉津氏は「尖閣問題を荒立てるつもりはない。歴史的に価値がある資料だから文化財に指定する」と反論し、指定を実現させたという。
感謝状の文化財指定について語る玉津氏=27日午前、市教委

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玉津氏が感謝状の文化財指定を表明したのは、2010年10月の就任直後、職員との懇親会の場だった。

尖閣諸島周辺で中国漁船の衝突事件が起き、日中の対立が激化している時期だった。
職員の1人が「尖閣諸島の海は友愛の海にするべきだ。こんな時期に文化財指定するべきではない」と反対の声を上げたという。

感謝状の存在は周知の事実だったが、玉津氏の就任まで、文化財指定に向けた具体的な動きはなかった。関係者の1人は「関心がなかったせいかも知れない」と話した。

市文化財審議会は同年11月、市教委から諮問を受け、指定すべきかどうか審議したが、委員から「感謝状はほかにも出てくる可能性がある。発見を待ってから指定するべきだ」と慎重論が出たため、継続審議になった。

報告を受けた玉津氏は「悩んだ」というが、考えた末、指定の方針を貫くことを決め、改めて審議会に早期の結論を要請。審議会は12月、指定すべきと答申した。 「八重山日報」

    
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by mamimami77772 | 2012-11-16 10:27 | 尖閣諸島と沖縄
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